プロフィール

2008年1月26日


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名前は三ツ口拓也(みつぐち たくや)
あだ名は「みっくん」または「みっちー」。
1981年 愛知県豊田市生まれ A型 酉年 うお座
今は東京都板橋区でアロマと植物たちに囲まれて暮らす。
自然をこよなく愛し、都市と農村との交流にも関心を持つ。
(株)リブラン 経営戦略部門 CS推進室勤務。
NPO緑のカーテン応援団 理事。

【とても長いプロフィール】

昔から、よく泣く子供だった(母親談)。

小学生から図工と理科が大好きで、将来は宇宙飛行士を目指す。

この頃、豊田市の「少年少女発明クラブ」に所属し、

創造性フェスティバルなどで、何度も表彰台に立つ大健闘。

小学校6年生で通った「山の子学級」では、田植えや火起こし、

炭作り、きのこ栽培、天体観測など、サバイバルな知識と経験を磨く。

中学校1年でいじめに会い、へこむ。強くなろうと決心して柔道部に入部。

小さな体だが、筋力だけはハンパなく、腕相撲は最強レベルになる。

中学3年で、アメリカのテネシー州立大学で行われた

「ODYSSEY OF THE MIND 世界大会」に日本代表チームとして出場。

世界中のチームとクリエイティビティーを競う。

世界の広さを肌で感じ、細胞が活性化される。帰国後、向こうで知り合った

エリザベスちゃんと文通の日々が続く。英語は授業よりも文通で鍛えた。

高校は男子校。女子高の学生にモテたくて始めたアルトサックスに本気でハマる。

皆とアンサンブルする音楽の奥深さと楽しさを知り、生涯の趣味になる。

高校2年で中国に行き、将来は青年海外協力隊で沙漠化の防止に貢献したいと思う。

北里大学に進学し、大都会で一人暮らしをするも、

2年生から青森県十和田市にあるキャンパスで専門課程が始まる。

研究室での研究テーマは「メン羊による中国の沙漠化防止」。

憧れの沙漠化防止研究に没頭する。

羊の餌に混ぜた牧草種子の排出後の発芽率を調べるために

毎日様々な条件で羊の糞を集めては分析する。体中が羊臭くなる。

大学4年の夏、中国の内モンゴル自治区で植林活動をしているNPO団体で活動をする。

この頃、高度な農業の知識に実践が追いついていないことに問題意識を持ち、

農業研修生として渡米することを決意。卒業式から1週間後、アメリカへと旅立つ。

カリフォルニア農業の中心地「サリナス」の花卉栽培農家(Kohara Nursery,inc.)で

農業研修を始めるも、ボスのファミリー以外の労働者は全員メキシコ人のため、

英語が通じない。仕事に対する姿勢、社会常識の無さに、毎日のように怒られる。

朝の挨拶が「お前みたいなクズは日本に帰っちまえ」で始まる日々。

地平線まで続くお花畑の中の、小さなトレーラーハウスで、あふれる悔し涙と

孤独感に耐えながら、何があっても必ず乗り越えると誓う。

夏はカリフォルニア州立大学フレスノ校に通う。

ワイン用ブドウ生産実習、トマト農家(地平線までずっとトマト...)や

オレンジ、もも、りんごの生産農家と集荷施設、乳牛生産農家での実習、

そのどれもが世界の食を支える、リアルな農業。

夏季講習が終わり、再び厳しい研修の日々。

この頃にはスペイン語をマスターし、町ではメキシコ人に間違えられる。

一番キツイのは農薬散布。デュポン社の防護服と毒ガスマスクで完全防備し、

昼間60度に達するグリーンハウス内を小走りで散布。4時間ぶっ続けで意識が遠のく。

一日1ガロン(3.8L)の牛乳を飲み、ピーナッツバターたっぷりのベーグルと

分厚い牛肉をもりもり食べても痩せた。

農業研修も終わりに近づく頃、ボスがくれた言葉に涙が止まらない。

「お前ほど俺から散々叱られたのに最後までやり通した奴は初めてだ。

自信を持ちなさい。日本に帰ったら、誇りをもって好きなことを仕事にしなさい。」

苦労して信念を貫き成功したボスから貰った言葉が、胸にひびいた。

その後、アメリカとカナダを旅する。大自然、大都会、秩序を持って運営されるコミューン。

人々の営みと自然の偉大さに感銘をうける。

帰国後の2005年、農業分野に参入しようと考える会社に就職する。

栃木県で初めて、株式会社で農業生産法人を取得した「お福分けファーム」の

立ち上げと運営に携わり、無農薬の野菜生産を開始する。

一方、都内で農業塾と農園付きレストランの企画・運営を担当する。

農園では家庭園芸や、農業実習、ハーブの栽培やクラフトなどの利用法を

教える塾の講師をしつつ、都内初のイチゴの立体多段式水耕栽培も実現する。

この頃、活動を通じて魅力的な方々との出会いや交流が盛んになる。

著名な作家、パーソナリティー、農家、芸術家、養蜂家、環境活動家、大学教授などなど...。

想いを持った人と人が繋がってゆく力を実感する。

農業、食、エコロジー、環境、健康、文化、教育と興味の範囲が広がり、

シンポジウムやワークショップなどを通して、活動の場を広げる。

そんな中、「緑のカーテン応援団」の活動に触れ、その志しに心を打たれる。

児童館、幼稚園、小学校などの教育現場や、商店会の皆さんと共に緑のカーテン

を広める活動を精力的に行い、2000株のゴーヤーとヘチマの栽培・配布を行う。

緑のカーテンのお医者さんとして、植物のピンチを救うことに喜びを感じる。

2007年1月、NPO緑のカーテン応援団が発足し、理事になる。

この頃、虎ノ門のど真ん中に畑を作るプロジェクトにも関わるなど、

活動の幅を広げてゆく中で、農業と食、エコロジーと健康、文化と教育、都市と農村

などの関係性を深く考えるようになる。

自分が当然のように経験してきた、年代を超えた人と人との交流や

自然とのふれあいによって育まれたものが、都市から消えようとしている現状。

なにか、イガイガしたものが生まれる都市。

それを瞬時に地方に伝えてしまう様々なシステム...。

豊かなライフスタイルを創造する仕事をしたいという想いが日に日に強くなる。

その頃、NPO緑のカーテン応援団の理事長をしている鈴木雄二氏の熱い想いに触れ、

アメリカでボスがくれた「誇りをもって好きな仕事をしなさい」という言葉が背中を押し、

鈴木雄二氏が経営する(株)リブランへの入社を決意。

「自然と共に気持ち良く暮らすという住環境」がもたらす、豊かな暮らしを追求する。

住まうことで、人と人とのふれあいを感じられたなら...。

大切な家族が心身ともに健康でいられたなら...。

自分を表現できたなら...。

そんな想いを実現するために、今を生きる27歳と11ヵ月。

★「エコヴィレッジ志木」に入居しました♪ 手づくりにこだわって、家具なども制作中です!

【2009年2月更新】


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